UB40 “King” (1980)

僕は、キング牧師って若い頃(苦笑)あまりピンとこなかったんですね
「黒人と白人が手を取りあって歩く」って、当然ですよね、そりゃいいことですよね、って

その「当然」の苦しみというか、重みであったり、差別の歴史とか現状とか、キング牧師と人々の闘争にまで思いをいたすことができなかったわけです

マルティン・ルーサー・キングの有名なワシントン大行進での演説が1963年
そして僕が高校の英語の授業で、その演説テープを聴いたのが1980年頃
そして“King”を含むUB40のデビューアルバム“Signing Off”が発売されたのが1980年

“King, where are your people now ? Chained and pacified. ”
キング牧師、あなたの(意志を受け継ぐ)人々はどこにいったのです? とっ捕まり、鎮圧されて」
という歌い出しは、僕の「差別はなくて当然」「手を取りあって歩くなんてちょっとお花畑的」といった、甘すぎる意識をブチのめすのに十分すぎるほど、暗く、重く、悲しみと怒りに満ちたものだ

そのアルバム“Signing Off”を初めて聴いたのは82年
当時の日本といえば、バブル前夜、まもなく「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代がやってくるというお気楽な時代
西武カルチャー(「軽チャー」とかありました)、「なんとなくクリスタル」、サブカル、女子大生(!)
「ホット・ドッグ」や「POPEYE」のほうにはいけない屈折した若者は、インディーズロックや小劇場演劇・暗黒舞踏、実験映画やエロ写真(サブカルの重い方の半分)へハイどうぞ! というのがお決まりの路線であったわけじゃね

一方UB40の活躍した英国では、80年といえばサッチャー政権発足直後
まさに新自由主義の嵐が吹き荒れ始めた時期だ
UB40は、このデビューアルバム“Signing Off”で失業者、南ア・アパルトヘイト下の黒人など抑圧された人々の立場からの歌を紡ぎ出した

そして“King”

“King, where are your people now ? Chained and pacified. ”

冷たくリバーブを効かせたエレピの裏打ちリズムに乗って、重くしかし澄んだ歌声が響く
レゲエ特有のまとわりつくようなダルいノリがない、キレイすぎるサウンドは、確かに英国の白人・黒人混成レゲエバンドらしく感じられるが、UB40の場合はこれが彼らの真骨頂だ
その「キレイなレゲエ」の冷たく澄んだ空間に、差別に打ちのめされ、差別との戦いに打ちのめされ続ける人々の悲しみと怒りが広がっていく

“King, where are your people now ? Chained and pacified. ”

この音楽こそ、今、この日本で聴かれるべきだ

例えば大阪の府立・市立学校の卒業式で
例えば国会議事堂前で
例えば国会記者会館前で
例えば株式会社ニコン前やニコンサロン前で
例えば連日のように生保受給者バッシングや犯罪被疑者バッシングがダダ漏れになってくるご家庭のTVの前で

(ちなみにUB40はその後甘ったるいラブソングバンドになりやがって大成功しやがりました。でも大半のメンバが最近、破産申告しちゃったんだそうで。うーん、Signing Off?)

Signing Off

Signing Off