Bruce Springsteen “Atlantic City” (1982)

ブルース・スプリングスティーンの新譜“ Wrecking Ball”は、まだ聴いていない
近々手に入れて、感想なども書いてみたいと思う

ついでに、その“ Wrecking Ball”をプッシュしている、日本のレコード会社(ソニーミュージック)のHPからリリース文を引いてみよう
>1st Single 「We Take Care Of Our Own」 はこれぞスプリングスティーン!的なサウンドに乗せて、怒りを込めて“アメリカの夢の約束は、今、この国のどこにあるのか?星条旗がどこで翻っていようと俺たちは自分たちで支え合うんだ”と今の日本の状況に置き換えても共感できる歌。様々な苦難の末、傷つけられ、裏切られ、見捨てられた人々の苦闘と心情を描き、厳しい現実に立ち向かい明日に向かって歩んでいく決意と希望を高らかに歌いあげる、21世紀最も「怒れる」アルバム。
(引用終)

「今の日本の状況に置き換えても共感できる歌」とか、どこが?
共感できるのなら,教えてくれないかい、その共感ポイントを?
(てゆうか、なんなんだ「これぞスプリングスティーン!的なサウンド」?)

結局のところ、これを書いているソニーミュージックの誰かさん(ないしは受注したライターさん、または別の誰か)は怒ってもいなければ、厳しい現実に立ち向かうつもりもなければ、ようするに共感などしていない。それがまるわかりのおざなりのくだらない、何も考えていない感じていない文章だ
「ケッ、そんなんで、ロックのアルバムを売るなぁ!」とロックオジサンは思ってしまう

まあ、この人ばかりも責められない、のはわかる
ロックで、怒っている、なんていう人間なんて、いまどきもうなにそれ珍百景だよね
だからこの20年くらいでも、こんな「怒り」を愚鈍に,全世界に向けて表明できたのは、湾岸戦争のときのニール・ヤングとか、この2012年のスプリングスティーンとか「もーこの人に何を言ってもムダ」的な、バカみたいな“骨”を持った人間に限られてくるのではないかな(屈折した表現としてならば、けっこう多く、しかも優れたものもあったとは思う)



ああ、そう、そうなのだなー



スプリングスティーンの1982年のアルバム“Nebraska”は、アメリカのロック/ポップミュージックのなかでも非常に特異な楽曲集だ
もちろんスプリングスティーンディスコグラフィーにおいてもだ

パワフルでスポンティニアスなサウンド(何万もの観衆を集めて盛り上がるスタジアムロックの頂点だ!)を特色とする、彼の主たる楽曲に対して、“Nebraska”で聴くことのできるのは、アコースティックギター1本とマウスハープによる弾き語り、
しかも、深く深く深く深く暗く暗く暗く暗く
どこまでもどこまでも沈み込んでいくシビアな音だ

特にシングルにもなった、“Atlantic City”は、無為に殺人を犯す男の歌、おそらく多くの人がカポーティの小説『冷血』を想起するであろう無残な歌だ
(「殺人・犯罪を犯して旅をする」というおきまりのパターンが、アメリカン・ロードムービーで退屈なほど繰り返されたこと。それについては、また別に考える必要がある)

“Nebraska”そして、この“Atlantic City”という曲を聴くとき僕が思うのは、これは「干上がった川の底を歩いて行く人」のみが歌い得る歌、ということだ

すごいと思うのはこんな曲がその当時、TV 番組「ベストヒットUSA」でチャートインして流れていたことだ(記憶違いかもしれないが)
日本でこんな“無差別殺人犯の歌”が、チャートに入ることなどあるのだろうか…………うーん

僕自身はこの曲を大学生時代に、アパートの暗くて深い澱みのなかで聴いていた。僕にとっては、これこそがスプリングスティーンなのだ
で、特にその後の悪名高き“Born In The U.S.A”(もちろん国に対する“批判”はそこに内包されているのだが、曲自体のマッチョさがすべてを打ち消してしまっている)などは、もう偽スプリングスティーン


ということで、さっきの時点に戻って、ピンと来たこと。実は
“Born To Run”もスプリングスティーンの骨だし
“Atlantic City”もスプリングスティーンの骨だし
“War”もスプリングスティーンの骨だし
“Born In The U.S.A”もスプリングスティーンの骨だし
“ Wrecking Ball”もスプリングスティーンの骨なのだ

つまりは、この人自体は何にも変わっていなくて時代時代それぞれに、いろいろな部分の骨が出てしまっているだけ、なのではないか、と
またそういう、とにかく得体のしれない骨を抱え込んでしまった人のみが、反時代的にでも「怒り」を表出できるのだろうと、そう思うワケだ

まあ、僕にとってはスプリングスティーンの“骨”って、やっぱり“Atlantic City”なんだけど

花もない、エロスもない(歌には、「Atlantic Cityで会おう」と呼びかける彼女がいるのだが、そこには何のセクシャルな高揚感もない)そこはもう坂口安吾の「堕落」、もしくはある種の「仏教」(救いがないのが救い、ただし救いとは言ってはいけない)において突き詰められた、どうしようもなく枯れ果てた世界だ
つげ義春のマンガ中の台詞「仏教に虚無はないよ」を思い起こした)


ここで想起する

そういえばスプリングスティーンとは、全く違う位相で、人間の地脈に触れてしまい、あろうことかそこにあるそれ(イド)を掘り起こしてしまったバンドがアメリカにはあった

ドアーズだ

Nebraska

Nebraska